プロフィール

今井ゆうすけ松本市議会議員選挙

今井ゆうすけ松本市議会議員選挙

プロフィール

今井優輔(いまい・ゆうすけ)

~日本一背の高い地方議員~

1988年5月19日生まれ(30歳)/身長196cm

松本市で生まれ育ち、高校は下宿をしながら静岡県へ進学。当時プロサッカー選手や日本代表を日本で一番輩出していた静岡県の名門「清水商業サッカー部」でプレー。大学進学後、在学中に起業し法人を設立。卒業後は世界一周と日本一周をし、世界30ヶ国、日本全国47都道府県を視察で回る。2014年には出資者&COプロデューサーとして映画製作し、池袋などの映画館で上映。同じく2014年、大阪市議会議員秘書に就任。2015年、11年ぶりに地元である松本に拠点を移し、その1ヶ月後に26歳で選挙に出馬。選挙カー・選挙事務所・立て看板・新聞広告・拡声器すらなしで全国初の当選。2018年、台湾で築夢家創投顧問有限公司を設立し董事に就任。2019年、原案として製作した2作品目の映画『そうだ選挙に出よう』を松本で公開予定。

世界でリーダーシップをとれる人間になる

    所属

  • ■ 松本市議会議員
  • ■ 経済地域委員会
  • ■ 基幹博物館特別委員会
  • ■ 広報部会
  • ■ 松塩木曽老人福祉組合議会議員
  •  

  • ■ 株式会社トラオムジャパン代表取締役社長
  • ■ NPO法人セダックサッカースクール理事長
  • ■ 協同組合アン・ドゥー理事
  • ■ 築夢家創投顧問有限公司 董事(台湾法人の取締役)

生い立ち

誕生~中学時代

今井ゆうすけの誕生~中学時代の写真

松本市で生まれ、やまびこ保育園、松本市立寿小学校、松本市立筑摩野中学校に進学。「体力が有り余っているので、何かスポーツをさせる気はないか?」小学校1年生の時の担任の先生からの紹介でサッカーを始めました。それからというものプロサッカー選手を目指して、全てがサッカー中心の生活になりました。

高校時代

今井ゆうすけの高校時代の写真

静岡市立清水商業高等学校に進学。小野伸二選手、川口能活選手、名波浩選手などプロサッカー選手や日本代表を日本で一番輩出している静岡県の名門「清水商業サッカー部」に憧れを抱きました。高校時代は静岡県に下宿をしながら学業とサッカーに明け暮れました(現在は静岡市立清水桜が丘高等学校)

大学時代

今井ゆうすけの大学時代の写真

専修大学に進学。プロサッカー選手になる夢は高校3年生の時に断念しましたが、 「自分が実現することができなかったプロサッカー選手への夢を応援したい」という想いが強く、会社設立を考えていたため大学進学をしました。そのため「日本一サッカーが強い」専修大学に進学しました。大学で学んだことを活かし、現在はサッカー関係の会社を2社、会社経営をしています。

世界一周 (世界30ヶ国制覇)

今井ゆうすけ世界一周の写真

卒業後はビジネスで世界一周をしました。時間をかけて30ヶ国へ渡航しました。アイスランドで見たオーロラなど世界中の絶景に感動し、ブラジルやタイではデモに遭遇しました。フィリピンとブラジルでは拳銃で脅され本当の恐怖を体験しました。

政治家秘書

今井ゆうすけ政治家秘書の写真

世界一周の経験から政治家を志望するようになり、大阪市議会議員村上栄二事務所の秘書をさせて頂きました。大阪市民が知らないうちに大阪市民は日本一借金を抱えていると知った時は衝撃的でした。橋下徹市長が掲げる大阪都構想での活動を通じて「実行すること」「変えること」の難しさを肌で感じました。また西宮市長選挙の応援に入り一緒に戦いました。

日本一周(全国47都道府県制覇)

今井ゆうすけ日本一周の写真

半年間かけて日本一周を視察して周りました。日本全国47都道府県1つ1つ時間をかけて視察をしました。北海道の最北端(稚内)、最東端(根室)から沖縄の最西端(与那国島)、最南端(波照間島)の離島まで、日本の端から端まで見てきました。日本にある全ての世界遺産へ行き、財政破綻した夕張市のような自治体へ行政視察も参加してきました。東日本大震災のその後の廃墟と化した街、日本一自殺が多い街、30年後に迫っている消滅可能性都市など肌で感じてきました。

26歳で初当選

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1期目

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